この頃の世の中、「平和憲法を守れ!」ということをひしひしと感じることばかりです。
「平和憲法」と言っても、その素晴らしい文言から生まれる平和の姿は、黙って与えられ、認められて来たわけではありません。いろいろな分野で国民が闘いとってきたものです。生活権のことで言えば、例えば朝日訴訟。ここで、「生活権の保障は国民の平和の基本」という基本理念が出来てきたと思います。多くの労働争議を通して、労働者の基本的人権の数々を認めさせて来ました。思想信条の自由もかなり保障されてきました。サービス残業は許さない、という機運も出来てきました。
恵庭事件、矢臼別闘争など、一見個人の法廷闘争が、大きな国民運動となり、安保条約をいかに振りかざしても、憲法という大きな防壁で闘って来ました。そしてアフガンには外交官だけ出して“兵”を出させず、イラクには“兵”は出したけど弾丸は出させない。かなりの後退ではあっても、まさに「平和憲法」の力です。一つひとつの運動、闘いを通して、私たちは「憲法を守れ」、「憲法の理念に立ち返れ」と要求し、訴えて来たのではないでしょうか。そして政府にも「その通り」と認めさせて来たのではなかったでしょうか。
ところが最近は、従来の方向、基本原則をまったく無視するかのような発言、事件、法が続きます。大変な世の中になりそうで心配です。
後期高齢者医療制度など、世界に類を見ない国民いじめの悪法が施行されようとしています。労働基本法を変え、労働関連法案を次々と改悪し、働けど働けど貧困から抜け出せない人たちをたくさん生みだしている。正当なビラ配りの人を尾行してまで逮捕、検挙してしまう。あまつさえ「認めれば、いつでもどこでも自衛隊の海外派兵は可能」と言い切る某政党代表まで出る始末。どの一つをとっても、私たちが積み上げてきた国民の平等な暮らしの礎を根底から崩すものではないでしょうか。今こそ声を大にして言いましょう、「平和憲法を守れ!」と。
松本 秀男
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